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2014年3月23日 (日)

自分でできるでしょ、は誰が判断するのか

(このブログで取り上げる話は、事実に基づいた完全なるフィクションです)

○月×日

(前回からのつづき)

この相談者が一番困っていること。それは、

「自分が病気にみられず、なんでも自分でやるように言われてしまう」

ということであった。


確かに、見た目は全く病気っぽくはない。
(ここで言う病気っぽさとは、おそらく、薬の副作用などで体の動きがぎこちなかったり、表情が常に一定て変化がないなど、主に薬の影響が見て取れるかどうか、だと思う。)

しかし、このかたにはいろんな背景があり、福祉などの制度を使うにも相談に行くにも、過度な緊張感と混乱がある。それを防衛するために威圧感や、自分なりの知識や難しい話を先にしてしまうことで、何を相談したいのかもうまく伝えられず、相手の理解を得られない。

「そこまでわかっているなら、自分で動いてください。」

と言われてしまう。



こういうかたは結構おられる。私自身だって、初めてのところにもし、相談に行くとしたら、やはり緊張するし、どんな奴が出てくるんだろう、大丈夫かなあと不安がある。なめられたくないから、先に知識を伝えることもあるだろう。


『自分でできることは自分でやってください。それが自立というもの。』


そういう常識が、病気や障害の現場でも当たり前のように認識されている。


しかし、自分で出来るのかどうか、また、どこまで何が出来るのか、は誰が判断するのか。ちょっと話した様子で、わかるわけがない。ご本人も気づいていないこともあるし、薬の影響もある。それは、誰かが一緒に体験してでしか、計り知れないことだと、私は思っている。


実際の手続きや話すことはできても、そこに至るまでの不安や緊張、失敗したくないという気持ち。言われる前に攻撃しちゃえ、という自暴自棄な感情。いろいろな事情が誰でもあるのではないか。それも含めて、そのかたを本当に理解するということであり、十分な信頼関係とアセスメント(情報収集・評価)があって初めて、「それは自分でできますよね」に至るべきだと思う。


このかたは、私に対しても、きっと一緒には動いてくれないはず、と思い込んでおり、どうやったら一人でできるのか、という相談をしてくれた。窓口の相手とどんな風に話せばよいのか、どうやったら相手にわかってもらえるのかを。


そして、「自分が病気であることを、周りにちゃんと知ってもらいたい」と言った。
それは、今まで相談してもちゃんと対応してくれなかった窓口いろいろ、そして、お前は病気じゃない、怠けているだけだ、と言われ続けている家族に対しての、苦しい想いでもあった。



その人が病気かどうか、はとりあえず置いておく。
診断がついていて通院しているのだから、一般的には病気とされているし、だからこそ、私の事業所を利用できるわけだし。

また、窓口でどう話せばいいのか、のアドバイスのみも出来たが、そもそも、このかたが今まで窓口でどんな様子でいるのかが全くわからない中では、アドバイスしようにも無理があると思った。



「いや、よろしければ私、一緒に行きますけど。一緒に動いてみないと、○○さんのこと、わからないので」


このかたは目をまん丸くして、驚いていた。


そしてその後、ご本人が望む窓口への同行や、やりとりに困ったときのサポートなどを開始した。そうやって動く支援者は、私が初めてだという。なんて不幸なのだろう。




しかし、こちらに頼んだものの、それはそれで違う不安がでてきたようで、毎回、同行する直前になると「やっぱり行けない。」という連絡が何度も入った。葛藤する様子はとても大変そうだった。しかし当日になると、必ず現れるのであった。




つづく

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


こうやって、まず一緒に動く、という意識やフットワークを持つ支援者が減ったなあと、日々感じている。それは、医療や福祉のシステムの中で、それぞれの役割が細分化されてしまったことで、これはできません。という範囲が広がってしまったのではないか。


自立支援法以降、福祉の事業所は増えたけど、なんか使いづらい。
各市町村ごとにも違う。あれこれと制度や情報ばかり増えて、利用する側からすると、ますますよくわからない。


このかたが求めていたのは、そういういろんな事業所にたどり着く前の、まず、どこへ行ったらよいのか、を継続して相談できる場所や人であったのだと思う。


本来、そういう相談は、市民の窓口である役所が受けて、しかるべきところにつなぐ役割だったはずだ。


しかし、役所の役割も民間にどんどん投げ、今では役所は制度の説明と事務手続きが主となり、ソーシャルワークと言える動きはできていない。役所で働く人たちも、嘆いている。



この問題については、また別の機会に触れようと思います。


 

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